FILE 01-04 後宮小説

管理人の部活の先輩にYちゃんという人がいた。
(基本的に、管理人は相手を【先輩】呼びしたことはない)
このYちゃん、言うのもなんだが、本当に可愛らしい人だった。
背もそこそこ低めで、ほにゃ〜んとした雰囲気。それらもさることながら、もっとも特徴あるのはその驚天動地的に世間様とずれた性格だったと云えよう。

 当時を振り返った日野氏の記憶によれば、彼女は口を開けば二言目にはすぐに
「あたしは日野さん達と違って普通の人間だもんーっ」だの
「ほら、変な人たちに混じったら朱に染まるって云うかっ。日野さん達といっしょにいるからあたしまで変な人に見えるだけでッ」だのという(ぷっ。笑っちゃうぜシニョリーナ)台詞を繰り返していた。

もっとも、こんなコトを周囲に聞こえまくる大声で力説していること自体、推して知るべし。である。

 どっちにしろ、ばたばたばたばたと両手を振り回して焦るその態度は我々を非常に笑わかせ――いや、微笑ましい思いにさせたモノである。

 そんな彼女のずれっぷりは…………天然だった。

 それは「後宮小説」(C)酒見賢一がベストセラーの頃だった。

《皇帝が死んだ。死因は腹上死だった。》

 かの小説は、お天道様が照っている時分から口に出してはイヤン。な一文で始まる

事件の話だが、それはある夏の日の昼休みに起こった。
当時、各教室に冷房が入っておらず、クソ暑い夏の日には県下有数のマンモス高の半数以上の生徒が冷房がギンギンに効いた図書館に集結していた。

無論その日も例外ではなかった。


通常以上に込み合ったカウンターに辿り着き、いつものごとく図書委員を無視して返却作業を終えた後、秋野は新刊コーナーで目新しいブツを物色していた。


そこへ我らがYちゃんがほてほてとやってきた。

見れば深刻そうな面持ちで、新刊予約の本を抱えている。


管理人を見ると、彼女はにぱぁーっと笑って子犬のように近づいてきた。


「あのねあのね、ちょっと聞きたいことあるんだけど……」

 管理人はいつものように答えた。
「なんですかー?」
 Yちゃんはまったく屈託なく、声を張り上げのたもうた。

「あのね、《腹上死》ってなーに?」

 ざわっ。

 思わず耳に入ってしまったのだろう。秋野の周囲は思わず1歩引いている。そして、

 
ぴきーん。
 管理人は一瞬にして凍りついた。
 管理人はダメージを受けた。
 管理人のHP/MPは1になった。

 
……ちょっとおねーちゃん、それを衆人環視の中言うかぁ!?

 夢なら覚めて。なんで、私がこんな目に。
 だが、悲しいことにコレはしっかりきっぱり現実で、目の前には「なあに?」と尻尾を振る子犬のような純真な眼差しで見つめてくる彼女の姿があった。

「あ……えーっとね」

 口篭もりながら、管理人の視線は宙をさまよった。

 不幸なことに、こんなとき、適切なアドバイスもしく指導をしてしかるべきM岡先生は不在だった。そして、つっこみとはいえフォローしてくれるおにーさんズもまだ来ていなかった。

 
ああっ、誰か助けて。

 しかし、近くにはおっさんしかいなかった。しかも、確信犯の笑みを浮かべてやがるっ。

 いくらなんでも、コイツにはこの状況を振れない!

 いよいよ混乱する秋野の視界に、いつものごとく三つ編みを振りながら図書館に入ってくる日野氏の姿が入った。
 よっしゃー。
 そのとき、管理人はこーゆー問題について日野氏がちょっとばかし潔癖気味(いや当時はさだとかいうことはハナから無視した。

(同じ学年だしさー、少しは分かりやすく説明してくれるべさ)

 管理人はYちゃんに答えた。
「うーんとね、そーゆーことは答えにくいからね。日野の方に聞いてみてね」
「うん、わかったー」
 彼女はすたすたと日野の方へ歩いていった。

 ……らっきー。
 がんばれ、日野。骨は拾ってあげるよ・・・・

**********

しかし、事件はまだ続いていた。
ということで、日野氏の当時の証言である。

彼女は唐突に聞いてきた。
「ねーねーねー、日野さん日野さん」
「んー? なにー?」
「あのね。腹上死ってなんなの?」

 ……なんですと?

 思わず及び腰になる私。出来れば説明どころが単語自体口にしたくはない言葉だ。……フッ当時の私はピュアーな人だったんだな。
 逃げ腰のまま私は云った。

「え、えっと。そーゆー単語は私より
管理人ちゃんのほーがむっちゃくちゃ詳しいよ?」
 云っておくが事実である。いや、これは現在もかも知れん。

「うん、最初管理人ちゃんに訊いたの! そしたら
答えたくないから日野さんに訊きなよって」

「がっ(吐血)ちょ…ちょい待って! そんなモンあたしも答えたくない……っ!」

「え――――っ(不満そう)」

「だいたいどっからそんな単語拾ってきたの!?」

「これー。最初が判らないから続き読めないのー」

 この時見も知らぬ酒見氏に心の中で礫をべしばし投げつける日野。

「どーしよう、他にだれも教えてくれないのー」

 Yちゃんはしばらくばたばた手を上げ下げしていたが、やがて「うん」と頷いた。

「そうだ、
国語の先生なら知ってるよねぇ! 訊いて来るーっ

「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 ついに絶叫する私。きょとんとした顔でYちゃんは私を振り返り、何故叫ばれるのか判らなーいという風情で小首を傾げる。

「Yちゃん。あたしがここまで嫌がってる時点で、ああこれは
訊いたらヤバい単語なんだなとかって思わないの?」

「あれあれ、やっぱりそうなの!?」

 がく――――っ。オーバーリアクションに項垂れる私に、わたわたとYちゃんは云い募る。

いやでもまさか本当にそうだとは思わないじゃない、普通!?

 
………いや、普通は思うだろう。

「でもやばいって、えと、何が……?」

大人な単語だから、お子様が使ってはいけませんて単語だよ……」

「えぇぇぇぇぇぇえぇっ。――日野さんて物知りー」

 全然嬉しくナイ。そしてここまで聞いても
まだ教えてくれと彼女はねだる。このまま行けば間違いなく職員室まで出かけていって質問するだろうと云うことは予想に難くない。

 日野は、
断腸の思いで教えてあげた。

「腹の上で死ぬってコトだよ。」

 そのまんまやんか。

*************

自業自得というかなんというか、事件は再び舞い戻る。

 10分後、図書館から帰ろうと渡り廊下に進んだところで、Yちゃんは再びやってきた。
「あのね、やっぱり良くわからないんだけどぉ」
 
おのれ、日野!
なんできっちり説明せんのじゃ!


 自分のことを神棚に上げ、ちょっとムカついた。

 しかし、これも自分で蒔いた種……みたいなもんである。謹んで収穫いたしましょう。

「……どーゆー意味だと思う?」

Yちゃんはむむぅと考え始めた。

「おなかの上で死ぬんだよね―」


「うん、そうなんだけど……
(何故分からんのじゃ!?)
んぢゃ、
どーゆーシチュエイションだと思う?」

「……わかんない。何のおなかの上なのかなー」

 ここまでくると
《ピュア》とか純真無垢というのを通り越して犯罪である。
 管理人はちょっと悲しくなってきたが、昼休みも終わりに近づいてきていたので頑張って、ヒントをあげることにした。

「女の人のね、おなかの上ってことだよ」

「……? ということはー」


ようやくYちゃんの思考が核心に近づいてきたトコロで、管理人は答えを待たずにその先を続けた。
「つまりは、ナニをヤってるときに、ぽっくり逝っちゃったってことだね!

「…………。
    
(ちょっとテンポをずらして)ええ―っっっ!?
     そーゆーことだったの―っっ!?


「そーなのー。
まぁ、女の人だけじゃなくって野郎の場合もあったりするかもねーーー」


余計な知識を植えつけようとする管理人。しかし、彼女には通用しなかった。

驚きの後、彼女は不思議そうに新たな疑問を捻出した。

「でもどーして、死んじゃうのかなー」

「(うっっ、そーくるか)
   ……そりゃあ、心臓発作とかあるんでないのー?」


「そっかー。だから、日野さんも口篭もってたんだね―」

 このよーに純真無垢だった彼女も、今や立派な人妻らしい。
 彼女の子供がこーゆー風にならないことを心から祈るばかりである。