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愛情は皮一重
 翌朝、目を擦りながらウルフウッドが階下へ降りていくと、遅い朝の食堂はすでに閑散としていた。奥のテーブルに顔なじみを見つけ、ウルフウッドはようと、手を挙げた。と 、メリルとミリィは一瞬まじまじと見つめ、次いで堪えかねたように体を折って吹き出した。
「……なんや。ワイの男前な顔に何ぞついとるんか?」
 らぷらぶな夜を過ごしてゴキゲンな彼は、いつにない保険屋組の笑いっぷりにいささか機嫌を損ねて、歩み寄った。
 ――なんや、今日はむっちゃ感じ悪いで。せっかく、ええ気持ちで起きたんやけどなぁ。
 と、そこで昨日の恋人(……?)の姿を思い浮かべて鼻の下を長くする。
 ――実にええモン見せてもろうたわ。今日もうまいこと持ちこんでやらんとな〜。
    別嬪さん、シャイやし〜♪ ま、そこが可愛えんやけどな〜。
「……牧師さん?」
 ようやく涙を拭き吹き復活したらしいミリィが声をかけて、ようやくウルフウッドは白昼夢から戻ってきた。
「ん? なんやねん、人の顔見るなり笑いくさって、むっちゃ感じ悪いで?」
 牧師は鼻にしわを寄せると、無造作にミリィの傍に席を占める。うずうずする衝動を抑えかねて口を開こうとするミリィを視線で抑え、メリルはコンパクトを差し出した。
「……なんやねんな」
「百聞は一見に如かず、と申しましてよ?」
 語尾に笑いの粒子が多分に含まれていたのは、気のせいでもなんでもないだろう。
 いぶかしく思いながらも、素直に受け取りパチリと開く。
 その小さな鏡を見た瞬間、ウルフウッドは一瞬で石化した。
「凍っちゃいましたね〜、先輩?」
「まるで彫像のようでわねv」
「……あ〜、顔色がめまぐるしく変わってますよぉ〜」
「あらあら、大変ですわね〜♪」
 完全に面白がっている二人を無視して、ウルフウッドは背後に紅蓮の炎を立ち上らせた。
 コンパクトの鏡に映ったのは自分の顔。おっとこ前のその額、髪の下、グラスの上に黒々としたためられたのは、ただ一文字。


【肉】


「なんじゃい、コレは〜〜〜〜〜っっっつ!!」
 半分寝惚けていた頭も瞬時に覚醒する。
「ヴァーッッッシュ! オドレかぁーーーーっっっ!?!」
 そのまま、備品を粉砕しそうな勢いで部屋へ駆け上がる牧師に、宿の主人が驚いて飛び出してくる。
「どかんかい、ボケがぁッ!」
 どくぅわぁっっ!
「だいじょうぶでした? ご主人」
「あ〜あ」
 物の見事に弾き飛ばされ、呻く主人に駆け寄ったメリミリは、直線方向に障害物を実力排除して進んでいった残骸を見遣ってため息をついた。
「お二人とも……素直じゃありませんよね……」
「ミリィ、それを言っても始まりませんわよ?」

 その頃、もきゅもきゅと歯を磨いていた赤いコートの死神は、不意にびくっとその細い体を竦めた。
「ヴァーーーッッッシューッッッツ!!!」
 雄叫びと同時に扉がすさまじい音とともに開け放たれた。
「…………」
 きたか、と思いつつもヴァッシュは対ウルフウッド用(対ナイブズ兼用(笑))特上の天使のホホエミを浮かべて振り返った。
「どうしたんだい? ウルフウッドv」
「どうしたもこうしたもあるか〜っっ!」
 絶叫にビリリと窓が震える。
 ウルフウッドはその右手で額を露にして見せると、わざとらしくもヴァッシュが「ああ!」とぽんと手を打った。
「このワイのスペシャルハンサムな面によぅもイタズラ書きなんぞしくさったな! このド腐れ外道ぐわぁっっ!」
「…………」
 と、ヴァッシュは生真面目な面持ちでやおら用意のフェルトペン(ぺんてる 黒 極太)を突きつけた。
「だって、ウルフウッド。君さぁ、人が寝不足でイライラしてるときに横でガーガーイビキかいたり、人の寝場所占領したりされたら、ちょっとくらいイタズラ心の一つや二つ、わいてきたって文句言えないんじゃないの?」
 こっちじゃないだけマシでしょv
 そう、言わんばかりに銃をちらりと見せつける。
「……〜〜〜〜」
 しばし、腕を組んで考え込んでいたウルフウッドは、うなだれたまま、低く静かな声でぽつりと呟いた。
「……そやったんか」
「……?」
「ワイ、そんなにオンドレに迷惑かけよったんか……」
 沈み込むようなその声音に、慌ててヴァッシュはフォローを入れた。
「イヤ、だ、だからさ、あの時はたまたまそうだっただけで、普段は違ったんだよって、あれ?」
「済まんかった!」
 と、ウルフウッドは平身低頭してヴァッシュを拝んだ。
「今度から気をつけるよってに!」
「うん……v 僕ももうしないよ、ごめんねv」
 ひしっと固く抱き合ったところで、自然な成り行きでウルフウッドはヴァッシュの首筋に顔を埋めた。
「〜〜って、ちょっとウルフウッド!? ねえ、まだ朝なんだけど!?」
「ええやんv 別に今日明日急ぐ旅でもあらへんやろv」
「だ、駄目だって!」
 ひょいとお姫様抱っこに持ち上げて、ウルフウッドはヴァッシュに軽くキスを落した。
「仕切り直しや。昨日のやり直して始めようやvv」
「……しょうがないなぁ」
 ヴァッシュはふわりと笑うと、ウルフウッドの首に腕を回してゆっくりと目を閉じた。

 ベッドの上、朝っぱらから体力を使い果たそうとい豪気な二人組のうち、昼過ぎになって、盛り上がった布団から黒い頭がむくりと起き上がった。
 目の前には全身に昨日今日と己の所有の証が刻み込まれた天使が、無防備な姿で横たわっている。
 ……にやり。
 悪魔な笑みを浮かべて、牧師はごそごそと上着のポケットを探って見つけたペンをおもむろに取り出した。
 …………きゅっぽん!!

 夕方、気怠い体を引きずって洗面所に向かったヴァッシュの叫びが部屋に響き渡った。
「うわぁぁぁぁっっ!?」
 バタバタと物を取り落とす音が響くと、続いてバスローブを羽織ったヴァッシュが慌てて飛び出してきた。
 ベッドの上では半身を起こしたウルフウッドがゆるりと紫煙を立ち昇らせている。
「なんや。ウルサイで」
「ウルフウッド! 君、やったなぁーっっ!?」
 真っ赤な顔でうろたえるヴァッシュの額にはご丁寧に【皮】と大書きされ、しかもカカトから双丘にいたる下肢にはあたかもシームタイツのように一本ずつラインが入っている。
「なんだよ、コレぇーっッ!」
「おあいこやな、コレで」
「しかもさぁ! コレ、何で書いたんだよ!? ぜんぜん落ちないよ!」
 もはや半泣きのヴァッシュにウルフウッドはさらりと返した。
「油性ペン」
 あわせて振られた右手には、あの【マッキー 黒 太・極細両様】が握られている。
「……!!!!!」
 振り上げられた手を簡単に捕らえると、ウルフウッドはヴァッシュの体を楽々と引き込んで抱きすくめた。
「オンドレの寝顔があんまり可愛いかったさかい、ついイタズラ心がわいてしもうたんや。カンニンなv」
 そのままやわらかくキスを盗んでやると、愛しい天使は真っ赤な顔をぷいと背けた。
「……〜〜〜〜反省してないだろ」
「しとるがな〜。ホレ、こんなにも〜」
「〜〜ホントに?」
「ホンマやって〜」
「なら」、とヴァッシュは金色の頭を相手の肩口に持たせかけた。
「……ちゃんと消えるまで、責任とって、くれるよね?」
「まかせときv」
 もう一度唇を奪うと、牧師は優しく天使を抱きしめた。